マッスルパンダが考える「トレーニングと他人の価値観」について!!

「自分は工学系の大学に通っていて、その勉強も嫌いではないのですが、今は趣味でスポーツや筋トレ、体の仕組みや生理学に触れている時が一番楽しいです。卒業したら、一から資格のための勉強とジムでのアルバイトを始めて、インストラクターを目指したいと思っているのですが、『工学系の大学を出ておいて技術職に就かないなんてどうかしてるよ』って周囲に批判されます。両親は『やりたいようにやりなさい』と言ってくれていますが、周囲からは『そんなの、大学のためのお金を出してくれた両親に失礼だよ』って言われます」

どうも、いつも読んでいただきありがとうございます!!

マッスルパンダです!!

今回は、こちらの相談に対する筆者なりの考えを書いていこうと思います!!

筆者はどちらかというと、「人生全体の中のトレーニング」について相談や質問を受けることが多いので、解剖学や生理学、栄養学に基づいたトレーニングの解説よりも、心理学的、人生論的な記事が多くなってしまうかもしれませんね(笑)!!

最近、このような記事をよく書いている気がします。

ですが、実際のところ、「どうすれば筋肉がつくか」よりも、「どうすれば、トレーニングを心の底から楽しみ、自分の人生を充実させられるか」を考えたり、それについて悩んでいるのであれば、その問題をしっかり解決することに時間を割いたほうが、確実に筋肥大につながります。

人間には、自分がイメージした以上の自分に成長できる力があると筆者は信じています。

ですから、周囲の目線や、自身の環境に合わせたトレーニングをする人間におさまっていては、遅かれ早かれトレーニングはつまらなくなります。

つまらないトレーニングは、筋肥大には絶対に結びつきません。



他人の期待に応えるように生きるのをやめてみる



筆者も、20歳の頃、大学生3年生の夏まではずっと他人の価値観に合うように生きている人間でした。

個人的な話で申し訳ありませんが、筆者は自分の父親の顔を知りません。

物心つく前から母親と二人暮らしで、母も毎日仕事仕事で、あまり顔を合わせませんでしたし、帰ってきても仕事で疲れてしまっているため、筆者の話を聞く余裕がありませんでした。

決して母親のせいにするわけではありません。

ですが、筆者はそんな母親の顔色や心情をうかがい続け、迷惑をかけないように心がけているうちに、「人に迷惑をかけないように生きるクセ」がついてしまっていました。

「母さんが疲れているのは、自分のせいだ」と思うようになってしまっていたんですね。

そのことで、小学校に上がってもずっと人見知りで、たまたま誰かに話しかけられても言葉が出てこないという毎日でした。

「自分は、人に迷惑をかける存在なんじゃないか」って、他人に思われてると勝手に思い込んで、無意識に他人と関わるのを避けてしまっていたんですね。

中学生になってバスケットボールと英語にふれる

人見知りで誰とも仲良くなれないまま小学生生活を送っていた筆者は、小学生最後の年になったときに、井上雄彦先生の『スラムダンク』という漫画に出会います。

その面白さに惹かれて、一緒にやる友達は一人もいませんでしたが、小学校の隅のバスケットリングに向かってひたすらシュートの練習をしていました。

そして中学校に入り、思い切ってバスケットボール部に入部体験をしたんですね。

そしたら「シュート上手いね」って先生に褒められたんです。

すぐに入部を決意しました。

それから、授業で「英語」に出会いました。

今は小学校でも英語を教えているそうですが、筆者の頃は中学生からでした。

人前では全く話せなかった自分ですが、英語だと、なぜか話せたんですね(笑)!!

おそらく、教科書の内容に沿って話せばいいだけで、セリフがあらかじめ用意されていたからだと思うのですが………(笑)

筆者は記憶力がいいことに気づいたのもこの頃で、他のクラスメイトが英語学習し始めの頃にするようなミスもほとんどすることなく、英語のスペルや文法、アクセントの位置などもほぼ完璧に覚えることができました。

すると、褒められます。

他の教科にはなぜその力が発揮されなかったのか不思議(おそらくは単純に興味がなかったからでしょう)でしたが、筆者が「褒められる」という体験をしたのは、バスケットボールと英語のこと、この二つが初めてだったように思います。

ところが一転、トレーニングにハマる

筋力トレーニングというものに触れたのもバスケットボールのための補強がきっかけでした。

そして、母に頼んで2.5kgずつの調節が可能な10kgのダンベルを購入してもらい、それを毎日持ち上げていたら、2週間くらいで見違えるほど腕が太くなったことに猛烈な感動を覚えてしまい、筋トレにハマってしまったんですね(笑)!!

最初は5kgから始めたダンベルカールも、2週間もかからずに10kgを持ち上げられるよになり、他にも腹筋やスクワットなどを毎日毎日飽きもせずにこなしていました。

ある日、腕立て伏せをした時と、ダンベルカールをした時とでは、痛みが出る筋肉が違うことに疑問を持ち、体育の先生に尋ねてみると、「腕立て伏せでは三頭筋っていう腕の裏側が、ダンベルカールでは二頭筋っていう腕の前側の筋肉が使われるんだよ」と教えてもらうことができました。

そして、筋肉の仕組みに興味を持った筆者は学校の図書室に置いてあった『解剖学』の本を読むようになり、さらに図書室の先生から「誰もそんなの読まないし、1冊持っていっていいよ、同じものがまた2冊あるから」と言ってもらいまして、家に持ち帰って夢中になってそれを読んでいました。

その影響で、難しい漢字でも中学生の割にはかなり読み書きできるようになりました。

こんな感じで、筆者は英語×バスケットボール×トレーニング三昧の中学生生活を送ることになりました。

高校でも、相変わらず人見知り!!

高校は英語系の私立高校に進学しました。

もっと得意の英語を深く学びたいと思ってのことです。

ですが、筆者、相変わらず極度の人見知りなままで、高校が始まってから1か月半の間、ほとんど誰とも喋りませんでした。

喋ることがあるとしたら、授業で誰かとペアを組んで英語を話すときくらい。

そのため、入学初期は筆者の日本語を聞いたことがあるという人がほとんどおらず、「○○(筆者の本名)の日本語は謎だ」と言われたり、顔が少し日本人離れしていたこともあって「日本人じゃないんじゃないか」なんて言われていることもあったそうです。

おまけに家庭科の授業の教材として渡された『食品栄養成分表』なる本を手にしたことで、筋トレのための栄養学にまで興味を持ってしまい、やたら強面でガタイがよくて無口な男が教室の片隅で一人でそんな本に夢中になっているものですから、周囲の目には余計に「変人、謎の多い男」に映ったことでしょうね(笑)!!

そんな折、高校入学から1か月半が過ぎた時、筆者の高校では学期末試験の他に「中間テスト」というものがあり、それが実施されました。

もともと英語や、解剖学以外の勉強に興味がなく、中学の成績も英語以外ドンケツだった筆者でした。

ですが、「高いお金かけて私立の高校に通わせてもらっているんだから、ちゃんと勉強して良い成績を取らないと、母親に申し訳ないよな………」となかば詰め込み気味に、10教科全ての教科書をテストに出る範囲を全文、丸暗記してみたんですね。

教科書に載っていないことで授業中に先生が言ったこともノートに書き、それも暗記しました。

やってみると、至極簡単でした。

中学生の頃から解剖学や、英語で書かれたトレーニング書籍などを読み漁っていた筆者には、高校の教科書の暗記はお茶の子さいさい。

そしたら、10教科1000点満点中、992点を取ってしまったんですね。

その高校始まって以来の歴代ダントツ1位の点数だったそうです。

その時の2位の人が920点だったので、筆者は筆者がいたクラスでのみならず、その高校で一気に有名になってしまいました。

人見知りが一転、天狗になって嫌われる

それまで「自分は人に迷惑をかける人間、だから人に迷惑をかけないように」と細々と生き続けてきた少年が、急に周囲からチヤホヤされ始めたものですから、最初は戸惑います。

しかし、「自分ってスゴイのかも………」と段々と有頂天になってしまい、仕舞いには、

「オレはこのくらいの文章なら1日あれば丸暗記できるよ!!」

「英語のスペルなら、一度書いたものは忘れないよ!!」

などと、自慢するようになってしまったんですね(笑)!!

人見知りで寂しく生きてきた反動でしょうか、かえって自分のすごさをひけらかす様になってしまったんですね。

すると、ほとんどの人は筆者から離れていきました。

もちろん面と向かって「お前の自慢話、うざい」って言ってくる人もいませんでした。

筆者はそのことに気づかず、もっと周囲の期待に応えて、もっと注目されようと努めるようになっていました。

テストの成績が発表されるたびに、筆者の周りには人だかりができたからです。

「今回は九百何十点だった!?」

「お前には1教科すら勝てないな~!!」と、テストのあとだけは毎回チヤホヤしてもらえたからです。

というより、「周囲の期待に応えること」=「周囲に迷惑をかけないこと」になってしまっていたんですね。

「オレはこうあるべき、みんなそう思っているはず、頑張らないと」と、周囲からの幻の期待を勝手に背負いこんで、いつも一人で勉強するようになっていました。

そしてそれを、高校生活の間ずっと続けることになってしまい、最終的に高校生活が終わったとき、筆者の周りには誰もいませんでした。

同時に筆者は、どうすれば周囲に迷惑をかけず嫌われないで済むのかが分からなくなり、自分のことが心底嫌いになっていました。

大学に入って、もっと自分が嫌いになる

大学も、外国語に特化した大学に進学しました。

ですが、それまでは記述テストの上でのみ通用していた筆者の英語力も、大学レベルとなるとまるで通用しません。

おまけに相変わらずの人見知りで、周りは帰国子女から留学経験者までコミュニケーション能力がバリ高の粒ぞろい。

話せない、冗談が言えない、相手に気を配れないの3点セットで、何で対抗すればいいか分からない筆者は、あっという間に大学の授業についていけなくなり、英語が嫌いになりました(笑)!!

というより、自分のことをもっと嫌いになったんですね。

それまでテストさえあれば注目されていた自分の点数も、大学では本人にしか公開されませんでしたし、そもそも大学に入ってからの筆者の成績なんてまぁひどいものでした。

そして、何とか自分のプライドを守ることに必死になり始めてしまった筆者は、自分よりも英語が話せる人にも一切アドバイスを求めることができず、ただただ一人で教室から次の教室へとふらふら歩き、単位を取るための最低限の勉強だけをしては、家に帰ってふさぎ込むという日々を過ごしていました。

トレーニングもサボりがちになり、一体自分は何をして生きていけばいいのかすっかり分からなくなってしまいました。

そして、そんな生活が2年続き、とうとう母親に「3年生になる前に、大学辞めたい」と、中退を申し出たんです。

「あちこちから借金をしてまで通わせてもらっている大学に、自分なんかがこれ以上いるわけにはいかない、母親に迷惑がかかる」という、いつも通りの思考回路でした。

大学3年生、20歳の時に、自分の人生を変えてくれた恩師と出会う

大学中退の意思を伝えた筆者に母親は、「もう2年、通い終えたんだから、もうあと2年頑張って、卒業してみて。中退してでもやりたいことがあるなら話は別だけど、そうじゃないんだったら、中退した後も今みたいにぐずぐずのままでしょ?ぐずぐずのままでいいから、大学にいなさい。何かあるかもよ」と言ってくれました。

筆者はそれからの大学生活にそんな期待を持つことができるような精神状態ではなかったため、中退させてもらえないことが本当に苦痛でした。

ですが、「人生って面白いな」って思えたのは、そのわずか1ヶ月後でした。

ただ「その時間空いているから、2単位もらえるから」というありきたりな理由で選んだだけの授業でしたが、その授業である先生に出会いました。

個人名はもちろん申し上げられませんが、非常勤の女性講師の方でした。

その方の授業で、ある宿題を出されました。

次の授業までに、「大学周辺にある『花』を、ケータイのカメラ機能でもデジカメでも何でもいいので、写真に収め、その『花』の名前を英語で覚えてきてください」というものでした。

最初は何が何だかわからず、でも宿題なのでとりあえず済ませます。

ですが、そこからでした、筆者の世界が大きく変わってしまったのは。

写真を撮りながら、「花って、きれいだなぁ」って思ったんですね。

中学生で解剖学、高校生で栄養学と、もともとのめり込むと止まらない性格の持ち主だった筆者は、花の写真をその授業を受けていた全学生の中で一番多く写真に収め、すべて英語名を覚えて宿題をこなしました。

そして、その先生に強く惹かれました。

飾り気がなく、話し方も個性的で先生っぽくなく、授業も独特、いつもニコニコしていました。

「こんな風に、自由に生きたい」って思いました。

先生は、「世界にはこんな花がある」と言って、ヒスイカズラやブルーアマリリスなど、希少な花の写真を筆者に見せてくれました。

英語を得意としながら海外のことには一切興味がなかった筆者が世界に興味を持ったのは、それが初めて、それも「花」がきっかけでした。

悩みを打ち明けてみる

そうやってその先生と話していく中で、自分の悩みを打ち明けてみたんです。

「自分は英語の大学に通っていますが、実は今、強く興味を持っているのは解剖学、生理学、栄養学やトレーニングなどを活かした、スポーツコーチやインストラクターの世界です。英語は、仕事にしようと思うほど好きじゃないことがわかりました。そして、先生の授業で花の写真を撮ってから、自然や、世界の風景を見に行ったり、それを写真に収める『カメラマン』という仕事にも興味が湧いています。でも、外語の私立大学にこれだけのお金をかけて通わせてもらっておきながら、外国語を活かした仕事につかないなんてどうなのかなって悩んでいます」

ちょうど、質問者さんと同じような悩みを、筆者も抱えていたんです。

先生との相談のやり取りは次のようなものでした。

「あなた、さては高校の頃の成績が優秀だったでしょ?(筆者は高校で3年間、学年1位をキープし続けたことは少しも話していませんでした)」ー「はい、でも、いつも周囲の期待に応えることに必死で、全然楽しくなかったです」

「周囲の期待に応えるように生きるのは、とても頑張っているように見えて、実はとてもつまらないものだよね。もうこれからはそんな生き方をしてはダメだと思う。一度きりの人生で、他人の価値観におさまるように生きて、自分はいったい、いつ自分の人生を楽しむの?」ー「でも、周囲に迷惑をかけるのも辛いです」

「それはね、あなたが勝手にそう思い込んでいるだけ。周囲は何もあなたに期待していないし、あなたのことをそれほど好きでもなければ嫌いでもない。あなたは、『頑張らないと、自分は認めてもらえない』、『頑張らないと、自分には価値がない』って思ってるんじゃない?」ー「はい、思っています」

「あなたはとってもワイルドで、体つきもがっしりしていて、頼りがいのあるいい男ですよ。でもニコッと笑えばとっても間抜けな顔になって、とってもかわいい。そんな見た目で、『花が好き、花の写真を撮るのが好き』なんて、ものすごくギャップがあって、それがとっても魅力的!!」ー「………そうですか?」

「そう!!もう十分、そのままで魅力的。だから、今のままでも十分素敵なあなたをまず認めてあげて、そんな自分に、これからは『プレゼントをするように』勉強してみたらどう?」ー「………プレゼント、ですか?勉強が?」

「そう、プレゼントです。あなたのこれまでの勉強って、みんなの期待に応えるためとか、周囲の人を喜ばせるためにとか、あなたなりに誰かにプレゼントするように勉強してきたんじゃない??」ー「そう言われてみれば、確かにそうかもしれません」

「でも、そのプレゼントって、結局誰の心にも残らないのよね。だから、これからは自分のため。勉強って、自分に自由をプレゼントすることなのよ」ー「自由、ですか????」

「そう、勉強をすることで、人生には選択肢が広がるんです」ー「………選択肢?」

「花の写真を撮るようになる前に、何のきっかけもなく『カメラマンになるのもいいかも』なんて考えたことあった??」ー「ありません」

「英語の大学に通う前に、『おれ、仕事にしたいと思うほど英語って好きじゃないかも』って思ったことあった??」ー「ありません」

「できるようになったから、資格を取ったから、お金かけて学んだんだから、『それを活かさなくちゃいけない』なんて、誰も決めていないですよ。できるようになった上で、資格を取ってみた上で、『やらない』という選択肢が見えてくるんです。でも、できるようになる前、資格を取る前じゃ、『やる、やらない』ではなくて『できない』でしかないですよね?」ー「そういうことですね」

「そう、勉強は、自分に選択肢をプレゼントして、その選択肢の中から自由に自分好みのものをチョイスしたり、ミックスしたりして、自分の人生をより自由で個性的なものにするためのものなんですよ」ー「なるほど!!」

「これまでのような、周囲が思っているであろうあなたを勝手に作り上げて、その中に自分を押し込めていてはダメ。あなたはもっと素晴らしくなれる、あなた自身があなたを大好きになれるような、もっともっとカッコイイ男になれる」

「仮に、周囲があなたに期待している通りの形におさまったところで、あなた以外の人があなたの理想像を完璧にイメージできると思う?『○○(筆者)は、こうなれば完璧だ』なんて、他人が描けるわけないじゃない。だって、あなた自身にだって完璧なあなたなんて描けないんだから」ー「僕自身にも、ですか」

「そう、だから無理に計画なんてものも立てちゃダメ。自分の心に従って、やりたいと思うことをどんどん突き詰めてみて。きっとあなたは、トレーニングも、外国語のスキルも、花のことも、これから出会う様々なことを織り交ぜた素敵な人生を送ることができるはず」ー「計画性も持つなと!?」

「そうよ、計画を立てると、その計画の範囲内でしか成果を得られなくなってしまうから。計画を立てることでうまくいくことももちろんあるけど、あたしは計画性って要らないと思っているかな」ー「そういうことか………!!」

「あと、何もすることがない時は心の中で『いつもありがとう』って唱え続けてみて」ー「………?? 何ですか、それ??」

「いいから!!やってみれば分かります(笑)」ー「そうですね、先生のおっしゃることでしたら(笑)!!」

ちょっとずつ人生が変わっていく!!

20年間続けてきた生き方ですから、すぐには変わりませんでした。

ですが、その先生の生き方に強く惹かれていたため、「絶対、変われる!!」という確信があったんです。

それからというもの、自分の勉強が楽しくて仕方なくなってしまいました。

「勉強は自分へのプレゼント、他人の価値観はどうでもいい」

そうやって生きる習慣がすこしずつ身についていき、気がついたら、人見知りはすっかり治っていました。

治ったというよりも、どうでもよくなりました。

他人から見た自分がどうなのかなんて気にする暇もないくらい、勉強とトレーニングと花の写真集めが楽しくて、楽しくて楽しくて楽しくて仕方なくなってしまったからです。

そうこうするうちに、週末には必ず植物園に出かけるようになっていました。

朝早く家を出て、二つ隣の県にある植物園に出かけ、電車の中で英語やスペイン語を勉強し、植物園では花の写真を撮りまくり、動物ともふれあい、帰りにはまた電車の中で勉強。

夕方ごろに地元に帰ったら、今度はジムでトレーニング。

何と、今まで一人でトレーニングしていた筆者に、「あの、一緒にトレーニングしませんか?いつも一生懸命にトレーニングされてらっしゃるから、自分もあなたのような人から刺激をもらいながら自分のトレーニングを突き詰めていきたいんです」と声をかけてくれる人が現れたんですね。

その人とは、今でも週に1度、肩のトレーニングを一緒に行い、その後にはいつもお互いの趣味や目標について語り合いながら食事をご一緒させてもらっています。

いつもいつも自分の楽しみに夢中になられている人ですから、毎週会っているのにいつも話が尽きない、飽きない、本当に面白い人です。

そんな人に目をつけてもらえたことだけでも、当時の筆者って「実はスゴイ人間だったんじゃないか!?」って思えるくらいです。

友達のいない20年間を過ごしてきた筆者にとっては、その人は10年来の付き合い、一番長く付き合ってくれている人です。

本当は、10年前、筆者に声をかけようかずっと迷っていたそうです。

だからこそ、筆者が「自分の好きなことで生きる、他人の価値観は不要!!」と決めた直後に声をかけてもらえたことに、何だか不思議な縁を感じるんです。

出かけた先の植物園でも、筆者のカメラの使い方があまりにも下手だったものですから、それを見かねたプロの方が「もう少し、こう構えた方がいいと思うんだよね。あと、そのカメラなら○○機能ってあると思うんだけど、それも使ってみてごらん」とアドバイスしてくれました。

その方は、アジアを中心に旅をして、旅行のパンフレットに載せるイメージ写真を撮影して回っている方でした。

その方は、筆者の分の旅費も全て出してくださり、筆者を台湾旅行に連れて行って下さったんです。

そこで学んだ旅行術やガイドブックの読み方などを参考に、筆者は大学を卒業したのち、カンボジアなどの国々に一人旅に行ってきました。

あんなに「人に迷惑をかけないように」生きてきた男が、「自分の好きなことだけで生きていく、他人は不要!!」の決意をした瞬間に、信じられないような縁に導かれて、筆者にはもったいないくらいの他者からの助力を受けることになってしまいました。

大学を卒業して、フリーターを楽しむ

そして、大学を卒業する年になって母親に尋ねました。

「ごめん、借金してまで外国語の大学通わせてもらったけど、英語の仕事には就かない。トレーニングのインストラクターか、カメラマンになりたい。カメラマンになったら、英語も使うかもしれないけど、大学で学んだような専門的なものじゃないから、ハッキリ言って大学に通った意味ないかもしれない。でも、大学に行かなかったら、今みたいな自分は見つけられなかったかもしれない。大学に通ったからこそ見つけた自分の可能性に挑戦したい。奨学金はもちろん自分で返すし、家の生活費もほとんど俺が稼ぐから。週に6日間仕事すれば○○万円は稼げるはずだから、そうすれば………」と、ここまで話したとこで母は筆者の話を遮り、こう言いました。

「話が長い。好きにやりなさいって。良いとか悪いとかじゃなくて、あなたには特に何も期待していないからさ。期待してないっていうか、見返りは求めていないから。全部、自分で考えて、自分のためにやりなさいって。自分一人でできないことがあったら、人に助けてもらいなさい」

実は、母親はそんなに筆者のことを迷惑には思っていなかったんですね。

20年間、全く気づきませんでした。

そして、週に4日間、時給の良い物流業の仕事と、週に2日間、ジムのインストラクターのアルバイトを始めました。

合間を縫って、アルバイト先のそのジムでトレーニングをし、終わったらとにかく生理学や解剖学の勉強をしていました。

休みの日には花や動物の写真を撮りに出かけ、撮った写真をカメラマンの方に見てもらうというのが毎週の流れでした。

ちょっと大変でしたが、それがかえって現在に活かされています。

日本のトレーニング愛好家は、みな仕事とトレーニングを両立させている方がほとんどですからね。

筆者は、自分の存在は人に迷惑なものだと思っていましたから、何かを強く望めば望むほど人にもそれだけの迷惑をかけるものだと思っていました。

ですが、それ以来、人に頼ることにしました。

すると、本当に色々な場面で、周囲の方々が筆者を助けてくれるようになりました。

10年前に筆者にトレーニングパートナーになる提案をしてくださった方もそう、筆者を台湾に連れていって下さったカメラマンの方もそう。

骨折と借金も何のその

そんな忙しくも実り多き日々の中で筆者は、5年前のある時に事故で右手を骨折し、結果的に10か月間、それまでのハードなトレーニングから離れなければならなくなりました。

自分のやりたいことを見つけるためにあれにもこれにもお金を使っていた(バカだった当時の筆者は、サプリメントにも10万円近く注ぎ込んでいました………)ため、貯金もほとんどなく、奨学金の返済が滞る上に、他からも借金をしないと生活ができないという大変お恥ずかしいことになりました。

トレーニングも満足にできない、仕事もできない、時間はあるから出かけようと思うけど、右手が折れてるからマウンテンバイクにも乗れない、お金がないから電車にも乗れないという、とても窮屈で退屈な生活を経験することになりました。

ですから、ひたすら勉強しました。

そして毎日ジムに行き、できる限りのトレーニングをしました。

ちょうどトレーニングの成果が右肩上がりだった矢先の骨折でしたから、普通ならショックで凹みます。

ですが、「これもきっと、自分へのプレゼント、何か意味があるはず!!」と、大学時代の先生から教わったことを信じていた筆者は、不思議なことに骨折したその刹那ですら何もショックを受けませんでした。

気づいたら、インストラクターになっていました

そこでも、一人で悩むのではなく、周囲に助けを求めました。

そして、一人のインストラクターさんに出会いました。

その方は、筆者が療養している間に取り組んでいた、できる限りのトレーニングをずっとサポートしてくださったんですね。

料金も、「払えるようになってからでいいですよ」と言ってくださり、嫌な顔一つせずいつも筆者のトレーニングを支えてくれました。

もう少しで右手が完治しそうという兆しが見えてきて、次の仕事のことを何も考えていなかった筆者に、そのインストラクターさんが言ってくださったんですね。

「僕の先生に話は通しておきますから、インストラクターの資格を取ってきたらどうですか?」と。

骨折期間中に支払いが滞った奨学金の延滞分、生活のために借りた借金にさらに借金を上乗せすることになりますが、筆者は「今しかない、インストラクターになろう!!」という気持ちになったため、そのお話に乗らせていただくことにしました。

そして、トレーニング指導士、ストレッチパートナーの資格を取らせていただき、気づいたら骨折が治ると同時にインストラクターになっていました。

そして、そのインストラクターの仕事と、当ブログも含めた在宅ワークで生計を立てている現在に至ることになりました。

自分のトレーニングのために夢中になって続けてきた解剖学や生理学、栄養学の勉強やトレーニングで得た知識がこんなにも多くの人の役に立つとは思ってもみなかったと思うくらい、あっという間にお客さんがいっぱいつくようになり、借金は延滞分も含めてあっという間に吹っ飛ばして、1年以内に完済してしまいました。

海外一人旅の話や、花に関する話題もとてもウケがよく、みなさん楽しんでくださってるように思います。

今は、ほとんど他人任せです

本当に多くの人に支えてもらえるようになりました。

トレーニングに関しても、自分でメニューを取り決めて行っているのは肩のトレーニングのみです。

肩は、10年前に筆者にパートナーを申し出てくださった方と一緒にトレーニングしており、時にはその方の作ったメニューに沿ってトレーニングをし、自分では何も考えない時もあります。

胸と背中のトレーニングは、筆者が骨折をしている間にトレーニングをサポートしてくださったインストラクターの方に、メニュー作りから当日の指導まで全て一任しております。

そして、2年ほど前からは、脚のトレーニングはジムで行うようなものではなく、外で走ったり跳んだりといった「機能性」に特化したトレーニングに変えたいと思い、自宅近くの河川敷で自主的にトレーニングをしていると、「一緒にやりませんか?」と、1組の男女の方から声をかけていただきました。

何と、その2人は毎年、社会人の短距離の種目でかなり上位に名を連ねている方で、とても的確に筆者に走り方のコツや具体的なトレーニング方法を教えてくださいます。

そこに筆者なりのボディビル要素を交えたトレーニングメニューを追加することで、自分で言うのもなんですが、非常にユニークな脚トレのメニューが出来上がってしまいました!!

筆者、体重が83kgあるのですが、その2人の指導のおかげもあり、少し助走をつければ160cmくらいの高さのものに飛び乗れるくらいまで、脚の瞬発力が強くなりました。

現在の食事法を見つけたのも、骨折期間中

他の記事でも書かせてもらっていますが、筆者は毎日毎回の食事において、「10種類の野菜とナッツ類を混ぜ、そこにたっっぷりとオリーブオイルをかけた特製サラダ+カツオやサーモンの刺身 or 黄身を半熟にした目玉焼き+有機(オーガニック)で無調整の豆乳にシナモンと甘酒(米麹)を混ぜたもの」という内容を徹底しています。

自宅では、これ以外のものはもう4年以上食べたことがありません(4年とはつまり、骨折が治ってから現在までの年数です)。

友人や家族と外食に行くときは、必ずステーキ屋を選び、肉とサラダを大量に注文します。

要するに、絶対に炭水化物メインの食べ物を選ばないんです。

こんな外食、普通だったら「わがまま、融通が利かない」なんですが、本当に筆者の周囲には今、筆者の夢を応援してくれる方々で溢れていまして、嫌な顔をするどころか、「いやいや、あなたが夢を叶えようとしている姿に惹かれてこうやって自分たちは同じテーブルについているんだよ」なんてことを言ってくれたりします。

筆者は、骨折してからまぁ太りに太りました。

何せ、それまで仕事してトレーニングして休みの日には花の写真を撮りに歩き回ってといった生活から一転、骨折してすることが大幅に減り、消費カロリーはおそらく骨折前の半分以下になっていたでしょうから、あっという間に腹筋は脂肪に覆われ、顔もまん丸になってしまいました。

そこで、当時流行っていた「低炭水化物ダイエット」というものを試してみようと思ったんですね。

「今は何をしても骨折前の筋量には戻れないから、逆に下手を打っても損にはならないし、試してみよう!!」という気持ちで、当時信仰していた炭水化物をカットしてみたんです。

急に全ての食事から炭水化物をカットすると、ストレスになりそうだったので、まずは一食分を脂質とタンパク質と野菜のみの食事に置き換えてみました。

それを一週間ほど続けてみると、あることが分かりました。

炭水化物アリの食事を取った後と、炭水化物ナシの食事を取った後では、後者の方が、何だか気持ちが軽いと感じたんですね。

そして、今度は二食分を置き換えてみました。

どんどん気分が軽い時間が長くなっていき、果ては全食を野菜+ナッツ+魚+豆乳にしてみたところ、もうじっとしていられないったらありゃしない(笑)!!

これには2つ理由があります。

炭水化物を取ることでインシュリンが出ると、テストステロンの活動は低下してしまうんです。

炭水化物を止め、テストステロンのトリガーになりやすい脂質中心の食事を心がけたことで、テストステロンの分泌量が高まり、それが行動力ややる気の増進につながってしまったんですね。

そして、体重が2ヶ月で7kgも落ちました。

体脂肪が減ると、アロマターゼという酵素の働きが低下します。

アロマターゼとは、テストステロンを女性ホルモンの一種であるエストロゲンに変換してしまう酵素です。

この酵素の働きが低下したことで、テストステロンの活動を保護することができ、それも行動力ややる気を高めるのに役立ってしまったんですね。

これが現在の筆者の肉体づくりに生きているんです。

炭水化物を取らなくても筋肉はつきますし、脂質からカロリーを取るようにすれば体脂肪を増やさないまま筋肉を増やしていくことができるということを、筆者は今、自身の体で証明しているところです。

骨折中に75kgまで落ちた体重は、体脂肪率を10%以下にキープしたまま、完治後の4年間で83kgまで増加してしまいましたから。

心の中で「いつもありがとう」

さて、大学時代に出会った女性講師の方から教わった、「何もすることがない時には、心の中で『いつもありがとう』って唱えてみて」という謎のメソッド。

その恩師のことを全面的に信頼していましたから、それをすると何が起きるのかは聞かないまま、20歳の筆者はとりあえず「心の中で『いつもありがとう』の習慣」始めてみたんですね。

これは今でも続けています。

すごいです、この習慣は(笑)!!

めちゃくちゃ心が前向きになります。

そして、感謝の気持ちが自然と湧いてきて、感謝すればするほど、さらに周囲の人々が助けてくれるようになります。

そして、特別な見返りを求めてくる人は、筆者の周囲には一人もいません。

「いや、あなたと一緒に過ごせて、今日も楽しかったよ、ありがとう!!」と言われるだけです。

気づいたら、人見知りとか関係なくなっていました

気づいた時には、筆者は人見知りではなくなっていました。

というよりも、ここまで話せばお分かりになっていただけると思いますが、自分が人見知りかどうかなんて、どうでも良くなってしまったんですね。

ただ、自分で自分に向けてプレゼントをするように、自分の大好きなことをしてきただけです。

筆者、インストラクターの仕事は週に3日間だけ勤めるようにしています。

そして、在宅ワークの方は、やるもやらないも、やるならやるでいつやるのかも全て自由です。

それよりも、とにかくトレーニングと食事の時間を最優先とし、空いた時間には外国語の勉強をしたり、ダンスをしたり歌を歌ったり、その時に「やりたい」と思ったことをしています。

とてもまじめな社会人には見えないでしょうが、それは他人様の価値観です。

筆者の人生には関係ないと思っています。

人生は一度きりです

ありきたりなセリフですが、人生は一度きりです。

大学に通うには確かに多額の費用が必要ですし、そこで得た知識を仕事に活かさないなんて、費用を工面してくれた家族に申し訳ないと思う気持ちは痛いほど分かります。

ですが、それで自分の好奇心を抑えつけるのは、家族に対して以上に、自分の人生に対して申し訳ないことなのではないかと思います。

などと現在の筆者は考えていますが、筆者も20歳の時にその女性講師の方に出会わなかったら、今でも人見知りで、周囲に迷惑をかけないために必死になって一人黙々と仕事しているだけの日々を送っていたかもしれません。

骨折したときに立ち直ることができずに、トレーニングへの情熱を失っていたかもしれません。

筆者は自称「世界一、運が良い男」です。

本当に、本当に、あの先生に会えてよかったと思っています。

頑張るのをやめる

筆者は、その女性講師に出会ってから少しずつ、「頑張ること」をやめました。

頑張ることは決して悪いことではないんですが、頑張ることって、「頑張らないと、周囲に認めてもらえない」と言っているようなものなんです。

「頑張らないと、自分には価値がない」と言っているようなものなんです。

だからこそ、筆者の恩師は筆者にこう言ってくれました。

「あなたはそのままで十分素敵ですよ。だから、そんな自分にプレゼントをするように、これからは勉強してみてね」と。

筆者は現在、トレーニングと勉強が9割、仕事は1割の生活をしています。

「え?勉強、頑張っちゃってるじゃん?」と思われる方もいるかもしれませんが、全然頑張ってません。

全部自分のためですし、勉強の果てに何か資格を取ろうとか、周囲からスゴイと思われようとか一切考えていません。

筆者は現在、8か国語で日常会話、旅行会話、それからトレーニングなどの場面で主に使われる口語表現を使って、その国の人と「対話」をすることができます。

ですが、それほど熱心に勉強したわけではありませんし、勉強したいと思った時に毎日20~30分勉強しただけ、しかも完璧に話せるわけでもありません。

それでも、「対話」は成立します。

相手にこちらが言いたいことを察してもらっているからです(笑)!!

日本人が外国語を覚えるのが苦手なのは、「自分の言いたいことを全て完璧に伝えられるスキルを身につけてからでなければ恥ずかしいし、相手に誤解されそうで自信が持てない」という思いがあるからです。

ビジネスの場面では、その方が望ましいのかもしれませんが、筆者は特に外国語を使ってビジネスをしようとは考えておらず、あくまでトレーニングを通して人間関係を築くためのツールとして、日本語のように外国語を学んでいます。

先ほども書きましたように、トレーニングメニューもほとんどインストラクターの方々に任せていますし、買い物や食事の用意などもパートナーにお任せしています。

そして、筆者はその代わりになるようなことはほとんどしていません。

していることと言ったら、「どうもありがとう!!」という言葉を返すだけです。

「こんなにお世話になってるんだから、俺、絶対に自分のトレーニングや今勉強していることを活かして、お金持ちになって、恩返しするから!!」なんて言ったことも考えたこともありません。

その人は、筆者のことを助けたくて助けてくれていることを知っているからです。

そして、筆者も、自分が人生を精一杯楽しんで、

「自分のジムを持ちたい!!」

「もっと色んな国の言葉を覚えたい!!」

「自分がどこまで自分の肉体を磨き上げられるか、限界を決めずにチャレンジしていきたい!!」

その目標に向かって取り組むだけで、その人には立派な恩返しになっていることを知っているからです。

人は優しい

ほとんどの人は、優しいのだと筆者は思っています。

誰かの支えになれた時が一番嬉しいんです。

だから、助けてもらうことをためらう必要ってないと思います。

「大学で学んだこととは全然違うことを志して社会に出る」

それでOKです。

もし、それを親が認めてくれないのだとしたら、親以外の人に助けを求めてください。

最初は全て自分でやらなければならなくなっても、少しずつ周囲に頼ることを心がけてみてください。

同じような辛い思いを経験した先輩が、かならず見つかるはずです。

「甘えるな、俺だってそれでも一人で頑張って乗り越えてきたんだ!!」という先輩もいますが、「分かるよ、その気持ち!!辛いよな!!でも、俺は色んな人に支えられて、ここまでやってこれたよ!!今度は俺が、自分を支えてくれた人たちのように、お前を支えてやる!!」と言ってくれる先輩も必ずいます。

筆者もそんな気持ちで、自分のジムを持とうとしています。

周囲の人への恩返しはしません。

筆者が自分自身のために夢を叶え、自分のジムに来てくれた誰かを支えることが、これまで筆者を支えてきてくれた人たちへの最高の恩返しになるからです。

安定を選んでも、不安定になるだけ

他人と同じように生きたり、不安定を恐れ、安定を優先して仕事を選んだりしても、自分が本当にやりたいことをいつも我慢しながら生きていれば、あっという間に心は不安定になります。

「なんで、こんなことやってるんだろう」

「こんなことがしたくて生きているんじゃないのにな」

それって、安定を選んだ意味、ないと思いませんか?

筆者のもとに相談に来る、社会人になりたてのボディビルダーやフィジーカーは、みんな心が不安定です。

それは年齢的にまだ若く、精神が未熟だからとかいう理由ではありません。

トレーニング以上に仕事を優先しているからです。

「だって、もう社会人ですから」

「そうしないと、周囲から見て恥ずかしい人間になってしまいますから」

全て、いつ誰が決めたかも分からない価値観です。

筆者はそんな相談に対してはたいてい、「だまされたと思って、1年間くらいでいいので、その価値観と真逆の生き方をしてみてください」とアドバイスしてみます。

うまく聞き入れられない方も当然いますが、聞き入れて実践してくれた方々はみな、「先生、俺、このまま自分の好きなことだけして生きていく。できるし、やっていいことなんだってことに気づきました」と口々に言います。

最後に!!

今回は今までで一番長い記事になってしまいました。

だからこそ、最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます!!

人生一度きりですからね、我慢はいけません。

好きなことのためにする我慢ならまだいいですが、我慢したところで自分に何も返ってこないことに我慢をするのは、時間の無駄です。

その時間も、もう帰っては来ません。

好きなことをして周囲から恥をかくか、好きなことを我慢して好きでもないことを続けて自分で自分を恥ずかしいと思うか、どうせ恥をかくなら、筆者は前者をオススメします。

周囲の関心なんて、実は我々が思っているほど大きくはありませんから。

そして実は、今回、筆者が長々と語らせて頂いたこととほぼ同じことが、心屋仁之助さんの『がんばっても報われない本当の理由』という本に書かれています。

リンクを貼っておきますので、是非お読みになってみてください。

心屋さんがこの本を出版されたのは2014年のことなので、筆者が恩師に出会った10年前にはこちらの本はありませんでした。

その恩師に出会わなくても、心屋さんの本に出合っていたかどうか。

心屋さんの本に出合っていても、その時の筆者がそれを受け入れられていたかどうか、分かりません。

1つ言えることは、20歳の時にその恩師に出会えて、本当に良かったということです。

やっぱり、筆者は、「世界一、運がいい男」です。

以上、最後まで読んでくださり、ありがとうございました!!


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